「才能のサロン (Juzaburo)は消え、資本 (Mitsui) だけが残る」—江戸のポップカルチャーを創った蔦屋重三郎「耕書堂跡」と「日本橋三越」を見て考えたこと
拍子抜けした「ガッカリ名所」の正体
最寄り駅の小伝馬町駅を降りて歩くこと5分。私は、江戸時代中期の稀代のプロデューサー、蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)の出版社「耕書堂(こうしょどう)」跡地を訪れた 。
葛飾北斎や喜多川歌麿を見出し、江戸のポップカルチャーを牽引したメディア王の拠点。さぞや立派な史跡があるだろうと期待していた私の目に飛び込んできたのは、静かな歩道にポツンと立つ一本の看板だけだった。
かつての喧騒はどこへやら。道を挟んだ向こう側には、よく見かけるビジネスホテルが建っている。高知のはりまや橋やシンガポールのマーライオンに匹敵する「ガッカリ」ぶりに、私は思わず立ち尽くした 。

江戸のメディア王が遺した「才能」という光
蔦屋重三郎は、2025年の大河ドラマ『べらぼう』の主人公としても記憶に新しい、江戸の出版界に革命を起こした男。吉原のガイドブックで成功を収め、黄表紙や洒落本といった、当時の庶民が熱狂する娯楽小説や浮世絵を次々と企画・発刊した。
洒落本は遊郭の粋な会話を描き、黄表紙は当時のインテリ武士が書いた文章に一流の絵師が筆を乗せた、現代のマンガのルーツとも言える媒体。蔦重は単なる出版社ではなく、自ら才能を企画し、時代を創り上げるクリエイター集団のトップだった。
しかし、今ここには看板一枚しか残っていない。彼が投資したのは、属人的で、あまりに美しい「才能」という無形資産だったからか?
日本橋を歩く:時空を超えて続く「老舗」の呼吸
耕書堂跡を離れ、私は日本橋の中心部へと歩を進めた。移動中、ふと目に留まったのは「江戸屋」の看板。
創業は享保3年(1718年)。蔦屋重三郎が生まれる30年以上前から続く刷毛・ブラシの専門店。現代の再開発ビルの合間に、江戸時代から変わらぬ場所で商いを続ける老舗の姿に、蔦重もこれを見ていたのかと深い感慨を覚えた。

日本橋の中央に埋め込まれた「日本国道路元標」を通り過ぎる頃には、この街が単なる歴史の保存場所ではなく、絶え間なく更新され続ける「日本の起点」であることを再認識させられる。
圧倒的な「資本」の要塞:日本橋三越の衝撃
そして、日本橋三越本店の前に立った時、私は「耕書堂」での虚無感の正体を悟った。
1階の吹き抜けにそびえ立つ、巨大な「天女(まごころ)像」。5階まで届くような圧倒的な空間の使い方は、効率性を重視する現代建築ではまず見られない「老舗だけが持つ余裕」を体現している。
三越は1673年、三井高利が越後屋呉服店として創業して以来、350年以上にわたり「有」の象徴として君臨し続けている。通り沿いには、金融資本の象徴である三井住友信託銀行も並んでいる。
看板一枚になった蔦重の「才能が集まるサロン」と、重厚な石造りの建築として残る三井の「資本」。このあまりの現代における対比に、私は感嘆した 。

まとめ:あなたは「無形資産」創造を目指すのか、「資本(有形資産)」を築くのか?
表面だけを見ると、蔦屋重三郎の創った「才能のサロン(Juzaburo)は、現代の日本に残るのは看板だけとなり、資本(Mitsui)は現代でも、その資産を拡大している」 と言える。
確かに、蔦屋重三郎の時代を彩る「才能のサロン」への投資は、目に見える形としては、現代に残らなかった。
だが、蔦屋重三郎は、恋川春町、山東京伝に代表される黄表紙文化、歌麿や北斎など浮世絵、東海道中膝栗毛など、現代でも読み継がれる名作を世に残した。
耕書堂と言う「才能のサロン」は消えた。だが、浮世絵は日本だけでなく150年以上前から世界でも受け入れられてきた。19世紀後半、モネやゴッホは自由でオリジナリティ溢れる浮世絵に出会い、西欧のアカデミズムにはない斬新な作風に虜になった。そして生まれたのが革新的な「印象派」である。日本の浮世絵の構図を参考にしたと考えられる作品が数多く残っている。
一方で、三井財閥が築いた「資本」への投資は、300年後の未来にも価値をもたらし続けている。日本橋は今、壮大な再開発事業「日本橋リバーウォーク」によって、再び空と川に開かれた水都へと進化しようとしている 。江戸時代から日本の中心であり続けたこの街は、その座を譲るつもりは微塵もないようだ 。

パツパツのスーツのサラリーマン「チー太」のように、エナジードリンクという目先の「負債」に依存するのか (会社員のまま)?それとも、「知性」を燃やし才能と言う名の無形資産を残すのか(才能で生きる世界)?はたまた、鏡の向こう側の「資産」の世界へ足を踏み入れるのか(資産家の世界)?
日本橋の地面の下には、今も「才能」の熱気と「資本」の冷徹な知性が眠っている。

■著者プロフィール
著者:上岡 健司
AFP(日本ファイナンシャルプランナー協会認定)、宅地建物取引士資格合格
株式会社ユリウス代表取締役中国・タイ・ベトナムなどアジア3カ国で10年以上の企業経営経験を持つ投資家・メディアオーナー。自社での不動産・金融資産運用を実践しながら、資本主義の構造を活用したライフスタイルを発信中。著書多数。
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