投資家がなぜ「AIのペン」を執ったのか?次の10年に向けた私の新ドクトリン

「なぜ、FIREした投資家が、今さらAIで漫画なんて描いているのか?」

最近、よくそんな質問をされる。 私は合計11年にわたるアジア(ベトナム、タイ、北京)での駐在経験を持ち、IT企業のマネージメント、そして法人向け無形資産の営業というキャリアを歩んできた。現在は二つの法人を操り、不動産からの家賃収入と配当金・債券の利子という「無限の泉」を持つ身だ。

正直に言えば、働かなくても生きていける。 それでも私は今、生成AIという「新しいペン」を執り、チー太と雪豹というキャラクターに命を吹き込んでいる。

それは、私の中に「二度と見逃し三振はしない」という強烈な後悔と、次の10年を見据えた冷徹な投資家としての確信があるからだ。

「観客席」から「打席」へ:ジェフ・ベゾスとの距離

私は1995年、Windows95が世界を変えた瞬間をIT企業のど真ん中で見ていた。会社は大型汎用機からダウンサイジングへの移行に成功し、成長を続けた。 しかし、私個人はどうだったか。時代の奔流を「会社員」という安全な観客席から眺めていただけだった。チャンスのボールがど真ん中に来ていたのに、バットを振ることなく見逃し三振を喫したのだ。

私とほぼ同い年の男がいる。アマゾン創業者のジェフ・ベゾスだ。 彼がプリンストン大学の卒業式で語った言葉が、私の脳裏に焼き付いて離れない。

“I took the less safe path to follow my passion. I am proud of that choice.” (私は情熱に従い、安全ではない道を選んだ。その選択を誇りに思っている)

彼と私の資産の時価総額には、天と地ほどの差がある。その差は何か? 彼はリスクを取って打席に立ち、バットを振り抜いた。私は球場の観客席で指をくわえて見ていた。その最初の一歩が、現在の大きな差となって現れている。

今、AI革命という、インターネット革命以来の巨大な波が来ている。 私はもう、同じ後悔はしたくない。今度は打席に立ち、この波を乗りこなす側に回ると決めたのだ。

なぜ「漫画」で語るのか:投資は数学ではなく「体育」だ

日本の投資教育には、致命的な欠陥がある。いまだに「投資=いかがわしい、詐欺」という古いレッテルが剥がれていない。デフレ時代なら貯蓄で守れたかもしれないが、今のインフレ時代、銀行にお金を預け続けるのは「目減り」という名の時限爆弾を抱えるのと同じだ。給与と年金だけで人生を支えるのは、もはや恐竜時代の発想である。

投資を経験して分かったことがある。 投資は「座学(数学)」ではない。実際に身銭を切り、マーケットというサバンナに身を置く「実技科目(体育)」なのだ。

初めての投資が、私の場合、不動産だった。資産から生まれるキャッシュフロー(家賃収入)を得た時のあの感動は今も忘れない。「労働」という苦労に比べ、システムから生まれる富がいかに軽やかで、力強いか。この真実を伝えたい。しかし、真面目に語れば語るほど、胡散臭がられるのが日本の現状だ。

だからこそ、私は「漫画」を選んだ。 かつての私自身であるサラリーマンの「チー太」と、知性の象徴である「雪豹」に語らせる。 昨年の大河ドラマ『べらぼう』の蔦屋重三郎のように、遊び心を持って、ふざけた生き方を貫きながら、本質を突く。しかめっ面で眉間にしわを寄せて生きてきたサラリーマン時代の自分に、「もっとべらぼうに、他人軸ではなく自分軸で生きろ」と伝えたいのだ。

AIが「普通のサラリーマン」を「資産家」に変える

私がAIに手を出す最大の理由は、AIこそが「サラリーマンという檻」の鍵になり得ると考えるからだ。

これまで、独立してビジネスを始めるには巨大な壁があった。人を雇うコスト、教育、人間関係のトラブル……。それが怖くて、多くの人は「動物園の檻(終身雇用)」から出られなかった。

しかし、生成AIは文句も言わず、24時間働き、賃上げ要求もしない「最強の従業員」だ。AIというデジタルな分身を使えば、私たちシニア世代でも、リスクを最小限にして「自分がいなくても回る組織」を一人で構築できる。

AI時代の到来とともに、サラリーマンの時代は終わる。これからは、仕事、組織、役割をすべて自分で創っていく「ビジネスオーナー」の時代だ。MLBで活躍する大谷翔平のような特別な才能がなくてもいい。あなただけの経験を「哲学(ドクトリン)」という知的財産に昇華させ、AIを右腕として使えば、誰でも独立できるツールを手にすることが出来るのだ。

時代の波に乗る

私の好きな、中世イタリアの思想家マキャベリが著書『政略論』の中で言っている言葉がある。

「なにかを成し遂げたいと望む者は、それが大事業であればあるほど、自分の生きている時代と、自分がその中で働かねばならない状況を熟知し、それに合わせるようにしなければいけない。~中略~ 時代の流れに乗ることが出来た人は、望むことも達成できるのだ」と。

今は、AI革命真っ只中である。AIを制するものが、時代を制する。

結論:自分の「ドクトリン」を持て

AI時代にプレーするのは「正解を探すゲーム」ではない。正解はAIが持っている。 これから始まるのは、「自分はどうしたいか」という哲学(ドクトリン)を持つゲームだ。

「サラリーマンでいいや」という諦めを、協調性という言葉で美化するのはもうやめよう。 AIという「自立のための武器」が存在する今、会社に残るという選択は、もはや消去法ではない。自分の意思で「檻の中に居続ける」と決めることに等しい。

私は、AIというペンを執り、この「独立自尊」の哲学を漫画に乗せて発信し続ける。 たとえそれが、世間から見れば「べらぼうな生き方」に見えたとしても、この新しい時代の波に乗ることが、投資家としての私の次なる挑戦なのだ。他人軸ではなく自分軸で生きると決めたのだから。人は自分の人生を自分で選べる力を持っている。私は、そうやって『給料の要らない世界への扉』を開いた。あなたの新しい扉は、あなたの「脳内OS」を書き換えたその先で、必ず開く。

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「このキャラクターと設定は、独自のドクトリンに基づく株式会社ユリウスの知的財産です」

■著者プロフィール

著者:上岡 健司
AFP(日本ファイナンシャルプランナー協会認定)、宅地建物取引士資格合格
株式会社ユリウス代表取締役

中国・タイ・ベトナムなどアジア3カ国で10年以上の企業経営経験を持つ投資家・メディアオーナー。自社での不動産・金融資産運用を実践しながら、資本主義の構造を活用したライフスタイルを発信中。著書多数。

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